永遠に戻ってこない一秒に後悔しないために。

先日、取引先の女性に「今度の連休もご実家に行かれるんですか?」と聞かれ、「ええ、母が一人身なんで行ってあげないと」と言うと「親孝行のイメージがあります」と私を褒めてくれました。父を闘病の末、亡くした自分にとって何も親孝行をしていると意識したことはありません。父の闘病生活も支えられる範囲で支え、自分にはこれ以上できないというやりきった感があったので、亡くした際、葬儀の際も涙が出ることはありませんでした。悔いのないように一日を送り、最期の瞬間はいつか来るだろうと頭の隅に置いてはいたものの、やるなら全力投球だったのです。その延長で母と付き合っているため、特に孝行心を持っているわけではなく自然な行動なのです。父を亡くした瞬間に際し、「永遠に戻ってこない瞬間」について考えました。やり切った感はあったのだろうかの再確認でした。時間とは残酷に思えることもあれば、至極の楽しさを与えることもあります。どんな一分一秒も楽しさに変えるのは自分次第なんだと思いました。自分が病を患い、闘病生活を送っていた父がきっとこんな気持ちだったのかも知れないと思っていました。闘病時代の父の姿、アルバムの写真で歩き始めた私に手を引く若かりし父の姿などを思い浮かべます。手を引いていた頃の父は、まさかお別れが来るなんて思いもせず日々を送っていただろう。今、母と離れて暮らす自分に突き付けられている一分一秒は残酷にも過ぎていく。いつかは来てしまうお別れの時が来るまで無情にも時は流れ続ける。悔いが残らないよう何をしていけば良いのか?自問自答する毎日です。取引先の女性に「元気なうちは予想にもしないけど、必ずその瞬間は来てしまうのです。悔いが残らないよう、元気なうちでも僕にやれることをやっているだけです」最後にそう答えて、取引先を去った。キレイモ支払い方法